新型インフルエンザ心筋炎の前向き全国臨床調査研究への参加依頼

昨年のインフルエンザパンデミックでは2,000万人以上が罹患し約200人が死亡したと厚生労働省は報告しています。その死亡例の中には15例の心筋炎が含まれていました。日本循環器学会では心筋炎の報告を受け、2009年10月29日「新型インフルエンザ心筋炎症例の情報提供依頼」をホームページ上で行うとともに、新型インフルエンザ心筋炎の後ろ向き研究を開始しました。各施設から貴重な心筋炎症例の御報告を頂き、その結果をCirc J. 74:2193-9. 2010に報告させて頂きました。ご協力いただいた先生方に深く感謝申し上げます。今回御報告を頂いた15例には、IABPやPCPSなどの補助循環を必要とした症例が10例含まれ、2名が亡くなられています。また全く合併症のない健康成人にも発症を認めました。新型インフルエンザ心筋炎の早期診断、早期治療の重要性が再認識されたと考えられます。WHOはパンデミックを解除しましたが昨シーズンに感染せず、ワクチン接種を受けていない国民にとっては、新型インフルエンザ感染は医学的に何ら昨シーズンと違いはありません。

また厚生労働省の新型インフルエンザ等新興・再興感染症研究事業の「新型インフルエンザH1N1の病態把握と重症化の要因の解明に関する研究」研究班では、新型インフルエンザ心筋炎の病態解明を重要な課題の一つに挙げています。そこで循環器学会は今後の新型インフルエンザ心筋炎の前向きの全国臨床調査研究を企画しました。循環器学会会員の先生方の御協力をお願い致します。

今回の前向きの新型インフルエンザ心筋炎の観察臨床研究の解析センターは北里大学循環器内科学教室におき、既に北里大学の倫理委員会の承認済みです。本研究に御参加頂ける御施設では解析センターに御連絡頂き、多施設共同研究としての共通プロトコールとなる倫理委員会での承認書類、各施設でお使い頂くための倫理委員会申請書、同意書、調査票等をお受け取りください。尚、今回の研究の趣旨、詳細については下記の「日本循環器学会会員の皆様へ」をお読みください。

 ご不明な点がございましたら下記までお問い合わせください。なお、心筋炎の診断はガイドライン(http://www.j-circ.or.jp/guideline/pdf/JCS2004_izumi_h.pdf)をご参照ください。何卒ご協力のほどよろしくお願い申し上げます。

敬具

社団法人日本循環器学会
新型インフルエンザ心筋炎全国臨床調査研究解析センター
北里大学循環器内科学教室 和泉 徹



新型インフルエンザ心筋炎の全国臨床調査研究
に参加していただける日本循環器学会の会員の先生方へ

日本循環器学会 担当理事
北里大学医学部循環器内科学
和泉 徹
1)背景
2009年春、新型インフルエンザPandemic2009(H1N1)が北米で発生、全大陸に感染が拡がりWHOはパンデミックと判断しました。日本での推定総患者数は2000万人を超え、インフルエンザ死亡は200例に達しました。その死亡例の中に15例の心筋炎が含まれていることが厚生労働省の報告に示されています。
日本循環器学会では2009年10月29日「新型インフルエンザ心筋炎症例の情報提供依頼」をホームページ上で行うとともにClinical Research Committee on Myocarditis Associated with the 2009 Influenza A (H1N1) Pandemicを組織しました。各施設からCommitteeに貴重な御報告を頂き、その結果をCirc J.(74(10):2193-9.2010)に報告させていただいたところです。今回15例の御報告を頂き、ご協力いただいた先生方に深く感謝申し上げます。御報告頂いた中にはIABPやPCPSなどの補助循環を必要とした症例が10例含まれ、2名が亡くなられています。また全く合併症のない健康成人にも発症を認めています。新型インフルエンザ心筋炎の早期診断、早期治療の重要性が再認識されたと考えます。
一方、急性心筋炎の重症度は極めて多彩でそれは今回の新型インフルエンザ心筋炎でも同様です。また突然死の一部は心筋炎による致死的不整脈が死因となったと推定されます。ただ心筋炎に関してはこれまでその疫学的な質の高い実態調査が行われてこなかった経緯があります。これは感冒症状の患者が入院に至ることが稀であるためです。また厚生労働省の新型インフルエンザ等新興・再興感染症研究事業の研究班「新型インフルエンザH1N1の病態把握と重症化の要因の解明に関する研究」研究班では上記Committeeのメンバーを研究分担者に加え、新型インフルエンザ心筋炎の病態解明を重要な課題として挙げています。そこで、日本循環器学会では理事会発議により前向きの『新型インフルエンザ心筋炎の全国臨床調査研究』を行うこととしました。

2)目的
目的はインフルエンザ入院全症例を対象とした質の高い疫学調査による心筋炎軽症例の掘り起こしと重症例検討による救命率向上であり、日本国民に早急にその研究成果を還元することが重要と考えられます。 本調査研究は発症者の殆どが医療機関を受診し、インフルエンザ迅速診断キットによる質の高い原因診断の行える日本においてのみ行いうるものです。 本研究で心筋炎発症のリスク要因等の解明や、予後を改善しうる治療法の検討を行うことにより本疾患による致死率軽減にも寄与するものと考えられます。WHOはパンデミックを解除しましたが昨シーズンに感染せず、ワクチンも受けていない国民にとって新型インフルエンザ感染は科学的に何ら昨シーズンと違いはありませんので一定の数の心筋炎が発症すると考えられます。

3)実施準備
各施設で本研究にご参加頂ける先生方はまず登録センターである北里大学循環器内科学教室にご連絡を頂き、各種書類をEメール添付書類で受け取り、必要であれば当該施設での倫理委員会審査も受けて下さい。本研究は個人情報を次のように取り扱っています。即ち、得られた患者情報は日本循環器学会 調査研究担当者(特任理事 北里大学医学部循環器内科学 和泉 徹)が個人を識別することができないように当該施設の研究者が患者毎に番号化します。その状態で日本循環器学会 調査研究担当者により観察項目の集計と解析がなされます。患者番号が対応可能な調査表は当該施設の研究協力責任医師が管理します(連結可能匿名化)。また、調査結果を日本循環器学会に送付する際には個人情報を番号化した調査票のみが送られます。当該施設以外の外部では特定の個人の情報にならないように配慮しています(連結不可能匿名化)。また倫理的にも次のような配慮が行われています。即ち、対象患者並びに代諾者には上に述べた患者個人情報の取り扱いを予め開示します。またたとえ調査研究にされなくとも診療上の不利益がないことを明言し、自由な意志での調査研究参加を当該施設の研究協力者より呼びかけます。一度同意された参加同意を取りやめることも自由に選択可能です。この研究は、日本循環器学会が企画、立案し、実施されますが、予め北里大学医学部倫理委員会において、その内容および実施方法が科学的および倫理的か否かを審議・承認されています。また必要な施設においては再度当該施設倫理委員会の審議を経るものとしています。

4)研究の実際
新型インフルエンザ患者での入院が決まれば本研究への参加について同意文書を交わしてください。まず症状、診察所見、トロップT、心電図、胸部X線検査にて心筋炎のスクリーニングを行います。新生児、幼児、また小児例においてこの時点では心電図は必須項目ではありません。心筋炎を疑えば心臓超音波検査を施行して下さい。スクリーニングとして心臓超音波検査を全例行ってください。ラピチェックは特異度の面で劣るので、トロップTを優先しますが、ラピチェックの装備の施設ではこれで代用可能とします。陽性ならばトロポニン定量の依頼、CKMB採血などで定量、経過観察を行ってください。なお、高感度トロポニンIの定量測定が可能なようにネットワークを構築中ですので登録センターにご相談ください。
新型インフルエンザ入院患者において心筋炎の疑い症例に対しトロポニンTやBNPなどの心筋バイオマーカー測定が医療保険により行えるような柔軟な厚生行政対応が望まれ、学会として厚労省と協議中です。
今回の調査研究の報告項目は調査票をご参照ください。調査票の項目は全てが必ずしも必須項目ではありません。施設の実情に合わせた報告をお願いします。報告時には調査票に加えてその施設の今回流行時からの新型インフルエンザによる累積全入院症例数も報告して下さい。
インフルエンザの診断については今回の新型インフルエンザでは少なくとも発熱から12時間を経過しないと迅速診断の感度が十分でなく、24時間たっても偽陰性が否定できません。また肺炎、脳炎の重症化例では、すでにウイルス性肺炎の像を認める入院当日には迅速診断陰性で、翌日以降に陽性となる症例があります。むしろ当日迅速検査陰性は重症化のサインである可能性すらあり、こうした重症肺炎症例は心筋炎においてもハイリスクの可能性が考えられます。 従って臨床診断を重視し、PCRやペア血清を用いた中和抗体価測定、心筋生検でのウイルスのin situ hybridization(京都大学に依頼可能)などによりウイルス学的診断を下す方針が正しいと考えられます。
学会誌に報告された心筋炎は15症例ですが、死亡例やPCPS挿入を要する重症例が10例含まれ、その中には脳症や肺炎と同じく迅速キットが陽性になる前に心筋炎を発症し重症化する例を認めていますのでご注意ください。また肺炎との合併例も認められています。心筋炎の診断および治療については循環器学会の定めた「急性および慢性心筋炎の診断・治療に関するガイドライン」2009年版(日本循環器学会ホームページ参照)に準じて行ってください。
本研究はあくまでも臨床観察研究であり 特に治療法等を制限するものではありませんが、通常のウイルス性心筋炎と異なり、抗ノイラミニダーゼ阻害薬であるオセルタミビル経口やザナミビル吸入、ラピアクタ注射、イナビル吸入による原因治療が可能です。これらが心筋炎に有効というエビデンスは未だありませんがこれらの投与は必須と考えられます。 また数十%で細菌感染の合併が考えられ抗生剤は必要に応じて使用してください。またあくまでも参考としてクラリスロマイシンがその抗炎症効果により臨床成績を向上させる可能性を示す文献があります。
今回のウイルスでは肺炎を起こしやすくその為の免疫の過剰反応(サイトカインストームなどによる)が重症化の原因の一つと考えられています。その抑制に副腎皮質ホルモンが有効である可能性がありますがが、今回の新型のウイルス性肺炎においてステロイドパルスはあまり有効といえず、中等量(1-2mg/kg)のメチルプレドニゾロンが有効とされていますので参考にして下さい。また肺炎における人工呼吸器管理において持続陽圧呼吸が有効とされています。

本研究への積極的なご参加をお願い申し上げます。

敬具

参照 フローチャート