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禁煙支援の最近の動向喫煙している患者をもれおちなく把握して(Ask)禁煙を希望するしないにかかわらず、全員に禁煙の必要性をアドバイスする(Advise)。ついで禁煙を希望するかどうかを尋ね(Assess)禁煙希望者に対して禁煙開始の支援をおこなう(Assist)。これはニコチン離脱症状への対処が主となり、ニコチン代替療法剤の導入も含まれる。最後にフォローアップの計画を立てる(Arrange)という5Aアプローチは医療現場での禁煙支援の開始に有効な手順を示しており、「禁煙ガイドライン2010改訂版」43)でも推奨されている。なお、現在の禁煙指導の動向として、以下の方向性が示される。
(1) 臨床現場における短時間介入一般の臨床現場ですべての喫煙者に短時間の禁煙の働きかけを繰り返すことで禁煙動機を高める役割がある。
喫煙者の過半数は一年に1回以上は医療機関を訪れることから、一般診療の場で全ての喫煙者に禁煙を短時間でも勧めることの重要性が認識されている。禁煙支援専門外来での時間をかけた禁煙支援はすでに禁煙動機を有する喫煙者を対象に実施されることが多いが、一般診療の場では禁煙動機が希薄な喫煙者が多く、短時間の働きかけを繰り返すことで禁煙動機を高める役割がある。禁煙開始には喫煙の有害性、禁煙の効果などの情報提供や、喫煙しにくい環境の整備など動機付けの強化とともに、有効性が高く実行可能と喫煙者が感じる方法の提示が必要である。
喫煙者は、禁煙することを考えていないステージ(前熟考期)、禁煙することを考えているステージ(熟考期)、禁煙を試みようとしているステージ(準備期と実行期)の4つの禁煙ステージに分類され、この順にステージを巡りながら禁煙―再喫煙を繰り返すことが多いとする行動変容理論を「ステージ理論」と呼ぶ68)。禁煙成功という行動の変化としては現れずとも認識や意識は変化していることを評価したものであるが、禁煙支援は、喫煙者に即時の禁煙を求めるばかりではなく、喫煙者の禁煙ステージをより進んだものとすることも重要な目標とするものであり、医療者からの短時間のアドバイスを繰り返し受けることはステージの移行に有用である。ちなみに禁煙行動に関するステージの移行は、タバコによる出費の増大や職場での喫煙を限定する方向の職場規則の変更など、医療とは関係のない環境からの刺激によって引き起こされることも多いものであるが、同時に医療者からの禁煙のアドバイスは強力な禁煙への引き金である。
(2) 薬物療法禁煙開始にニコチン代替療法剤を利用することは世界的に広くおこなわれているが、日本においても、ニコチンガムは1996年から、ニコチンパッチは1999年から使用が認可され禁煙の開始に有効性が高い69)。また、ニコチンを含まない経口薬(バレニクリン)も有効性が示されている70)(表5)。
1)ニコチン代替療法剤の利用
米国では1991年のニコチンパッチ市販化にともない、禁煙補助にニコチン代替療法剤を利用することが急激に普及した。日本においても、ニコチンガムは1996年から、ニコチンパッチは1999年から使用が認可されている。これらの薬剤は禁煙の開始に有効性が高い。
ニコチンガム
ニコチン代替療法剤にはニコチンそのものが含まれ、皮膚や口腔粘膜の接触面から徐々に体内に吸収されて、禁煙に際して起こる離脱症状を軽減し禁煙を補助する仕組みである。タバコには数百種類の有害物質が含まれるが、ニコチン代替療法剤にはニコチン以外は含まれず、吸収されるニコチンの量も喫煙者が喫煙によって吸収するニコチンより通常少量であり安全に使用できる。欧米では鼻腔スプレー、インヘラー、舌下錠など多くの剤形のニコチン代替療法剤が薬局で市販されているが、日本国内ではニコチンガムとニコチンパッチの2種類の剤形だけが使用しうる。医師の処方箋が必要であるニコチンパッチ以外に、薬局で購入しうるOTCニコチンパッチがあるが、含有ニコチン量が少なく、ニコチン必要量の多い喫煙者の禁煙には十分な効果を発揮できない場合もある。ニコチンガムはOTCのみである。ニコチンガムの使用で禁煙に成功しない場合、ニコチンパッチの使用に切り替えて成功する可能性、またその逆の場合もある71)72)。
ニコチンパッチ
喫煙とニコチン代替療法剤の併用は一時的に喫煙本数を減少させるものの、ニコチンの過剰摂取につながることもあり危険な上、喫煙でニコチンが効率よく吸収されるためにニコチン代替療法剤の効果が減弱する。ニコチン代替療法剤使用中に生じる喫煙要求には後述する行動療法で対処する。妊娠中の使用は認められていない。また心筋梗塞や脳梗塞などニコチンでリスクが増大する疾患に罹患した直後は使用に注意が必要である。
(a) ニコチンパッチの使用法
ニコチンを血中に吸収することによりニコチン渇望を軽減するが、ニコチンパッチに対して依存が生じることはほとんどないとされる。日本国内で発売されているニコチンパッチには、ニコチネルTTS30、20、10と3種類あり、それぞれ52.5mg、35mg、17.5mgのニコチンを含有している。標準使用方法では8週間の使用となっている。
副作用としては次の3点が上げられる。(1)接触皮膚炎(2)頭痛や全身倦怠:使用量が多過ぎた時に起こる。使用サイズを一段小さくする。(3)不眠:夜間にもニコチンを供給し続けるために起こる。寝る前にはがすとこの症状は軽減する65)。
(b) ニコチンガムの使用法
ニコチンガムはニコチン・レジン複合体をガム基材に含ませたものである。ニコチンガム1個に含まれるニコチン2mgのうち約0.86mgが徐々に口腔粘膜から吸収されて血中ニコチン濃度を上昇させ、ニコチン離脱症状を軽減する。効果発現までの時間がニコチンパッチに比べて短いこと、はさみで切ったり2個連続で使用する、噛み方を調整するなどの方法でニコチン吸収量の調整がしやすい。副作用としては、口腔内トラブル、喉や胃の痛みなどが挙げられる。またニコチンガム依存を生じることがあると言われている73)。
2)α4β2ニコチン受容体部分作動薬バレニクリンの利用
脳内α4β2ニコチンアセチルコリン受容体がニコチン依存と深く関わっていることが明らかになり74)、この受容体の選択的部分作動薬バレニクリンが、ニコチンを含まない経口禁煙補助薬として効果をあげている。バレニクリンはニコチン製剤と同様に作動薬としてドパミンを分泌させ禁煙に伴う離脱症状やタバコへの切望感を軽減するとともに、遮断薬として喫煙から得られる満足感を抑制する(図4)。バレニクリンの効果について海外の臨床研究のメタアナリシス(表5)70)があり、プラセボ群に比べてバレニクリン群では約3.2倍禁煙しやすいことが明らかになっている。また、国内臨床試験75)では1.8倍禁煙しやすいことが報告されている。
表5.禁煙補助薬の有効性に関するメタアナリシス
種類(試験数) 禁煙率のリスク比 (95%信頼区間) 報告者 ニコチン代替療法 ガム(53)
パッチ(41)
鼻腔スプレー(4)
インヘーラー(4)
舌下錠・トローチ剤(6)
1.43
1.66
2.02
1.90
2.00
(1.33-1.53)
(1.53-1.81)
(1.49-3.73)
(1.36-2.67)
(1.63-2.45)
Stead, 200869) 全体 1.58 (1.50-1.66) バレニクリン(10) 2.31 (2.01-2.66) Cahill, 201170)
図4. バレニクリンのアゴニスト作用によって、脳内α4β2ニコチンアセチルコリン受容体が刺激され、ドパミンが分泌され、タバコに対する切望感,離脱症状が軽減される。アンタゴニスト作用により,喫煙(ニコチン)によって得られる満足感が抑制される。(3) 再喫煙防止の重要視と長期フォロー再喫煙によって喫煙習慣に戻ることは多くみられる。2週間から2ヶ月程度で消退してゆくことの多いニコチン依存と違って、記憶に起因する心理的依存は禁煙後も長期にわたり出現し、再喫煙を引き起こす。
(a)再喫煙契機
さまざまな些細な出来事によって再喫煙が起こりうることが示されている。禁煙開始後3ヶ月以内の再喫煙率はとくに高く、再喫煙防止プログラムの支援を受けない場合には、禁煙した人のうちおよそ80%~90%が1年後には再喫煙すると言われている。
(b)行動療法
心理的依存に対処し長期に禁煙を継続してゆくためには、喫煙行動に結びつきやすい行動を避ける、喫煙行動のかわりとなる代替行動をとるなど行動療法を併用する(表6)が、コンプライアンスが良好で容易に喫煙要求減少効果を得やすい禁煙薬物療法と異なり、行動療法を続けるためには次の3つの条件が必要となる。1. 行動療法のこまめな実行を促す周囲からのサポート 2. 禁煙に関しての良いモデルの存在や先の見通しを持てる状況 3. 禁煙に関しての正の方向での強化すなわち禁煙したことがよかったと感じることのできる経験を積むこと(セルフエフィカシーself-efficacy)。
表6 吸いたい気持ちをコントロールする方法
行動パターン変更法 喫煙と結び付いている今までの生活行動パターンを変え、吸いたい気持ちをコントロールする方法
●洗顔、歯磨き、朝食など、朝一番の行動順序を変える
●いつもと違う場所で昼食をとる
●食後早めに席を立つ
●コーヒーやアルコールを控える
●食べ過ぎない
●過労を避ける
●夜更かしをしない
●電話をかけるときにタバコを持つ側の手で受話器を持つ
など
環境改善法 喫煙のきっかけとなる環境を改善し、吸いたい気持ちをコントロールする方法
●タバコ、ライター、灰皿などの身近な喫煙具をすべて処分する
●タバコが吸いたくなる場所を避ける(喫茶店、パチンコ店、居酒屋など)
●喫煙者に近づかない
●タバコを吸わない人の横に座る
●タバコが購入できる場所に近づかない
●自分が禁煙していることを周囲の人に告げる
●「禁煙中」と書いたバッジや張り紙をする
●周囲の喫煙者にタバコを勧めないように頼んだり、自分の近くで吸わないようにお願いする
など
代償行動法 喫煙の代わりに他の行動を実行し、吸いたい気持ちをコントロールする方法
●イライラ、落ちつかないとき
・深呼吸をする、水やお茶を飲む
●体がだるい、眠いとき
・散歩や体操などの軽い運動をする
・シャワーを浴びる
●口寂しいとき
・糖分の少ないガムや清涼菓子、干し昆布を噛む
・歯をみがく
●手持ちぶさたのとき
・机の引き出しなどの整理をする
・プラモデルの制作など細かい作業をする
・庭仕事や部屋の掃除をする
●その他
・音楽を聴く
・吸いたい衝動が収まるまで秒数を数える
・タバコ以外のストレス対処法を見つける
など
(4)セルフヘルプアプローチの重視一般的なセルフヘルプ法であるパンフレット配布や郵送法などは成功率は高くないが多人数が簡便に利用でき、費用効果比が大きいのが特徴である。日本循環器学会企画・制作の教材76)77)をはじめ、さまざまなセルフヘルプ教材が開発されている78)79)ので利用してほしい。また、日本心臓財団からも禁煙を呼びかけるパンフレットが製作されている80)。
図5:日本循環器学会 企画・制作の教材
(5)保険診療による禁煙治療「ニコチン依存症管理料」の対象患者や施設基準等の条件は以下のとおりである。
対象患者は、(1)ニコチン依存症に関するスクリーニングテスト(TDS)1)でニコチン依存症と診断された者、(2)1日の喫煙本数×喫煙年数(ブリンクマン指数)が200以上の者、(3)直ちに禁煙することを希望し、「禁煙治療のための標準手順書第5版」65)(日本循環器学会、日本肺癌学会、日本癌学会、日本呼吸器学会により作成)に則った禁煙治療プログラムについて説明を受け、文書により同意している者である。
禁煙治療プログラムの内容は12週間にわたり(図6)、(1)初診、初診の(2)2週間後、(3)4週間後、(4)8週間後、(5)12週間後の合計5回の治療(ニコチン依存症管理料算定)を行う。禁煙治療の手順と方法の詳細については、禁煙治療のための標準手順書を参照されたい。施設基準は、(1)禁煙治療を行っている旨を医療機関内に掲示していること、(2)禁煙治療の経験を有する医師が1名以上勤務していること、(3)禁煙治療に係る専任の看護職員を1名以上配置していること、(4)呼気一酸化炭素濃度測定器を備えていること、(5)医療機関の構内が禁煙であることである。施設基準を満たし、実際の禁煙治療を保険適用で行うためには、特掲診察料の施設基準に係る届出書を治療管理に従事する医師及び看護師又は准看護師の名簿、ニコチン依存症管理料に係る届出書添付書類(呼気一酸化炭素濃度測定器の機種の申請を含む)と共に提出し、認められることが必要である。
算定要件は、(1)「禁煙治療のための標準手順書」に則った禁煙治療を行うこと、(2)本管理科を算定した患者について、禁煙の成功率を地方厚生局へ報告すること、(3)再治療に関しては、初回算定日より1年を超えた日からでないと行えない。保険診療による禁煙治療の効果については、中央社会保険医療協議会の診療報酬改定結果検証部会による検証の対象となっている。
図6.標準禁煙治療のスケジュール