「日本が世界を導く心肺蘇生の新しい流れ」駿河台日本大学病院 循環器科 部長 長尾 建 氏

 日本において、病院外で突然心臓が停止して倒れる院外心停止患者は年間約10万人。その6割が心臓性の心停止である。患者の院外心停止からの生還には、迅速かつ円滑な救急活動がポイントとなる。
 関東地方の院外心停止患者を対象とした多施設共同研究SOS-KANTOの代表者でもある長尾氏は、本研究の結果から、院外心停止患者の社会復帰率を向上させるために、一次救命処置における胸骨圧迫のみの心臓マッサージの普及を強調し、さらに心拍再開後の低体温療法の有効性を紹介した。

院外心停止患者と「救命の連鎖」の重要性

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図1 虚脱から除細動までの時間と生存率:CPR(心肺蘇生)をしなかった群vs従来の心肺蘇生を施行した群vs胸骨圧迫心臓マッサージのみを施行した群

 急性心筋梗塞に代表される急性冠動脈疾患の多くは院外で発症し、約60%の患者が倒れた直後に心室細動の心停止波形を示す。こうした院外心停止患者の救命に重要なのは、AHAの「心肺蘇生と救急心血管治療のための国際ガイドライン」にも示されている「救命の連鎖」(chain of survival)である。救命の連鎖は、発症直後の迅速な119番通報、迅速な一次救命処置(気道確保、胸骨圧迫心臓マッサージなどの心肺蘇生)、迅速な除細動(AEDなど)、迅速な二次救命処置の4つで構成され、これらがうまくかみあってこそ、院外心停止患者の生還・社会復帰が可能となる。そして、救命の連鎖への目撃者・市民の参加は不可欠である。

市民による心肺蘇生は胸骨圧迫心臓マッサージのみで効果あり

 2003年にスタートしたSOS-KANTOは、院外心停止患者の社会復帰率を引き上げる救急活動の構築に寄与することを目的に「救命の連鎖」を検証している。検証の結果、市民による一次救命処置の施行率は20〜30%で、残り70〜80%の患者は救急隊が駆けつけるまで救命処置がなされていないことが明らかとなった。さらに市民を対象にアンケート調査を実施したところ、一次救命処置を行わない理由として、(1)口対口人工呼吸への抵抗感、(2)一次救命処置の手技の複雑さ、の2点が浮き彫りにされた。
 そこで、心肺蘇生をしなかった群と口対口人工呼吸と胸骨圧迫心臓マッサージの従来の心肺蘇生を施行した群、そして胸骨圧迫心臓マッサージのみを施行した群を比較して患者の予後を検証した。発症直後の虚脱から除細動までの時間と生存退院率をみてみると、心肺蘇生をしなかった群では、虚脱から除細動までの時間が1分延長するたびに生存退院率は7〜10%減少するが、従来の心肺蘇生を施行した群では3〜4%の減少、さらに胸骨圧迫心臓マッサージのみを施行した群では2〜3%の減少に抑制されることがわかった(図1)
 また、世界の主要都市における調査からも、院外心停止患者に対する市民による胸骨圧迫心臓マッサージは、従来の心肺蘇生と同等の予後をもたらすことが明らかとなっている。
 以上のことから、院外心停止患者の社会復帰率を向上させるためには、一次救命処置として市民が行いやすい胸骨圧迫心臓マッサージのみの簡便な蘇生法を普及させる必要があると考えられる。

心停止患者の社会復帰率の向上に寄与する低体温療法

 心拍が再開した院外心停止患者に対する病院到着後の処置(二次救命処置)で必ず留意すべきは、脳機能不全や心筋機能不全といった蘇生後症候群の出現である。SOS-KANTOによれば、標準的心肺蘇生法がなされて心拍が再開した心停止患者で社会復帰できるのはわずか10%で、残り90%はなんらかの蘇生後症候群に陥っている。これに対する治療法として、心拍再開後の低体温療法を紹介したい(図2)

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図2 心拍再開後の低体温療法

 AHAは2005年の「心肺蘇生と救急心血管治療のためのガイドライン」で初めて心拍再開後の軽度低体温療法の施行を強く勧告し、わが国でも2008年から保険適応となった。日本循環器学会のアンケート調査によれば、現在、わが国の救命救急センターの約80%で低体温療法が行われている。
 欧州からも低体温療法による心停止患者の社会復帰率の向上が報告されており、低体温療法は、わが国においてもさらなる普及が期待される治療法である。

21世紀の救命の連鎖は心脳蘇生

 今後、救命の連鎖のうち、一次救命処置は胸骨圧迫心臓マッサージだけに簡便化し、二次救命処置では低体温療法を含めた迅速・有効な治療を行うことで、院外心停止患者の社会復帰率を確実に向上させる連動が図られるものと期待される。
 長尾氏は、「市民がより参加しやすい蘇生法として一次救命処置を胸骨圧迫心臓マッサージのみとすること、そして二次救命処置における低体温療法が有用であることを、わが国から世界に向けて発信していきたい」と語り、講演を締めくくった。

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