2019(平成31年)代表理事 新年のご挨拶


一般社団法人日本循環器学会
会員の皆様へ

明けましておめでとうございます。
会員の皆様におかれましてはお健やかに新年をお迎えのこととお喜び申し上げます。

 昨年も学会としていろいろな活動を行いましたが、最も大きな成果は「脳卒中・循環器病対策基本法」の成立です。ご存じない方もおられるかと思いますので成立までの経緯からご説明します。日本脳卒中協会は10年前より「脳卒中対策基本法」の成立を求めて活動していましたが1疾患1法案に反対する意見もあり成立することなく2014年に廃案になりました。数年前より循環器学会の理事会において、循環器病の診療・研究の大きな発展のためには「がん対策基本法」のような法律が必要ではないかという声が上がっていたこともあり、3年前より本学会と脳卒中協会とが協力して、「脳卒中・循環器病対策基本法」の成立を求める活動を開始しました。日本心臓財団理事長である矢崎義雄先生と日本脳卒中協会の当時理事長であった山口武典先生に代表になっていただき、多くの政治家、有識者、医療・福祉・介護関係者、患者会、各種団体などからなる「脳卒中・循環器病対策基本法を求める会」を結成しました。循環器学会としては脳卒中協会と緊密な連携の下、2年半前より活動を活発化し、国会や議員会館に頻繁に出向いては、多くの国会議員に法案の重要性を説明し成立のための支援をお願いしました。平成29年4月19日には、参議院議員会館において、国会議員136名を集め、「脳卒中・循環器病対策基本法の今国会での成立を求める患者・家族・医療関係者の会」を開催しました。その時法案成立の機運は大いに盛り上がったのですが、議員立法として成立を求めるのに必要な全党からの賛成を得ることができず、法案の成立には至りませんでした。昨年の通常国会は多くの問題で紛糾していたので活動を見合わせていましたが、10月24日から始まった臨時国会においては対立法案が少ないことから活動を再開しました。昨年11月21日には再び参議院議員会館において110名の国会議員を集めて「求める会」を開催し、その会に出席した全党の議員より法案への賛同を得ました。議員立法は通常国会の最後に委員会承認後、本会議において議長提案、賛成多数で可決成立しますので、とにかく全党、関係者全員の賛成が必要でした。そこで賛成していない議員がいると聞けば、即座に直接会いに行き説得を繰り返しました。また最終的には強力な反対者はいなくなったものの議員立法で成立を求めている法案が30数本控えており、一番後からでた「脳卒中・循環器病対策基本法」の成立は難しいと言われたので、委員長を含めて各党の国会対策委員のもとに行き審議のお願いを繰り返しました。 そうしたところ、会期末の12月7日金曜日に参議院厚労委員会を経て、参議院本会議も全員賛成のもと通過しました。翌週月曜日12月10日の臨時国会最終日に臨時で開催された衆議院厚労委員会を通過し、午後の衆議院本会議で賛成多数で可決成立しました。今年の通常国会も多くの重要議案が予定されているので、昨年の臨時国会は最初で最後のチャンスであり、あのタイミングでしか成立の可能性はなかったのではないかと思います。この3年間、大変多くの循環器学会の学会員ならびに事務局の方にご支援とご協力をいただきました。学会の中に基本法対策推進委員会を設けましたが、磯部光章委員には何度も一緒に国会議員への陳情に行っていただき、中心的な活動をしていただきました。森下竜一委員には総務会等与党対策、大手信之委員には野党対策をお願いし、立派に役割を果たしていただきました。国会議員に面会に行くたびに「すでに多くの先生から話を伺っています」と言われました。与野党の党首や幹部、厚労関係・国会対策関係などの国会議員、さらには医師会、看護協会、介護協会の方などに大変多くの先生からのお口添えがあったからこそ成立に至ったのだと思います。この場を借りて皆様のご支援、ご協力に深謝申し上げます。

 さて最近は「法律ができたら何が変わるのですか」とよく質問されます。私は、今後循環器診療・研究が大きく変わると期待していますが、そのためには法案の成立を見据えて作成した「脳卒中と循環器病克服5ヵ年計画」を実行し我々がまず実績をあげることが重要です。「5か年計画」の大目標は健康寿命の延伸であり、重要3疾患として脳卒中・心不全・血管病をあげ、5戦略として、診療体制の整備・人材育成・予防啓発・疾患登録・研究の活性化としています。5戦略に沿って循環器病に限定して考えてみます。まず「診療体制の整備」ですが、特に超高齢化とともに患者数、死亡者数とも急増している心不全と大動脈解離に対して診療体制を早急に整備する必要があります。大動脈解離に対しては、急性期治療を可能とする病院の機能分担が、心不全に対しては、急性期ばかりでなく、退院後の回復期、慢性期をシームレスに診療するために、病病連携、病診連携や訪問診療・看護、心臓リハビリテーション、緩和ケアなど、新しい診療体制の整備が重要となってきます。そのためには専門医ばかりでなく、看護師、薬剤師、理学療法士、作業療法士、臨床心理士、ソーシャルワーカーなど多くの職種の「人材育成」が必要です。循環器学会としては、新しく心不全療養指導士の認定制度の準備を始めています。「予防啓発」活動の一環としてわかり易い心不全の定義を決め、ハットリシンゾウ君を啓発大使にして、心不全の予防・啓発に努めていることは昨年もご報告しました。市民公開講座の参加者数の増加などをみると国民の関心は大分高まっているとは思いますがまだ十分とは言えません。心不全を含めて循環器病は予防が大変有効なだけに一層の啓発活動が求められます。今後は国や地方自治体からの強力な支援をいただきながら予防啓発活動を活発化していきたいと思います。我が国には約100万人の心不全患者がいるとされていますがこれはある一部地域からの推計値です。また循環器学会は60余りのガイドラインを作ってきましたが、果たしてどれほどの患者がガイドラインに沿った治療を受けているのか、またその結果として予後はよくなっているのかなどのデータがありません。正確な患者数や診療の実態を知るには全国レベルの「疾患登録」が必要です。がんは「がん対策基本法」があるために全疾患が登録されています。「脳卒中・循環器病対策基本法」の成立により、循環器疾患に関してもより正確な実態の把握が可能になると考えています。科学論文数が諸外国に比べて我が国は伸び悩んでいるといった報道がされていますが、循環器の基礎研究論文に至っては伸び悩むどころではなく10年前と比べると半減しています。またがんは研究が進み、発症機序に基づいた治療が可能となったために治る時代に入りましたが、がんと同じくらい予後の不良な心不全は、原因治療がされず対症療法にとどまっているため未だ治すことができません。循環器学会としては、我が国の循環器基礎研究を活性化するために基礎研究部会を立ち上げ、昨年1月、9月と基礎研究フォーラムを開催しました。今後法案の成立により、研究費が大幅に増え、基礎や臨床の研究・開発が飛躍的に発展することを期待しています。

 本年は「対策基本法」が成立したことを踏まえて、「5か年計画」をさらに着実に実行するとともに、年内には施行される基本法の具体化に向けての対策を練っていきたいと思います。私は、本年第83回日本循環器学会学術集会を主催させていただきますが、テーマを「循環器病学RENAISSANCE−未来医療への処方箋」としました。今年は、循環器病の診療・研究が大きく変わるスタートの年になります。会員の皆様の更なるご理解とご支援をいただければ幸いに存じます。

 2019年が皆様にとりまして、素晴らしい年になりますことを心より祈念申し上げます。

一般社団法人日本循環器学会
代表理事 小室 一成
東京大学大学院 医学系研究科循環器内科学教授