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第7回 日本循環器学会プレスセミナー
講演1「成人先天性心疾患の問題点と将来」 聖路加国際病院 心血管センター長 兼 循環器内科部長 丹羽 公一郎 氏

かつては小児の病気と考えられていた先天性心疾患は、治療法の進歩により多くの患者が長期生存可能となり、現在は「成人先天性心疾患」として新しい分野の一つとなってきている。

丹羽氏は、増えゆく成人先天性心疾患におけるさまざまな問題点と今後の方向性について概説した。

成人先天性心疾患の医学的社会的問題点

先天性心疾患は、1950年代の人工心肺の開発や心臓外科手術の発達、内科治療の進歩によって9割以上は成人になることが可能となり、現在の患者総数は成人が小児を上回っている。そのような状況のなか、成人期は小児期とは異なる問題点があることや、成人期特有の問題が予後や生活の質に影響することがわかってきた()。



図 成人先天性心疾患の医学的社会的問題点

先天性心疾患の修復術後は、小児期は無症状であっても、加齢の影響を受けて再手術が必要になることが少なくない。不整脈や心不全を伴い、突然死に至るケースもある。また、妊娠・出産のリスクや、手術時の輸血による肝炎の感染も問題の一つとなっている。さらに、心臓病を持って生まれた患者は、自己評価が低い傾向にある、パニック症候群が多い、といった心理的問題も残っており、社会保障面でも先天性心疾患は生命保険に入りにくいなど不利な点が存在する。このようなさまざまな問題があることから、チーム診療が非常に重要な分野となるが、その体制が整っていない状況にある。

成人先天性心疾患患者の自立を妨げる要因

成人先天性心疾患患者は、就業率という点では一般の人とほぼ変わらないが、自立が困難な場合もある。自立を妨げる要因としては、十分な知識に基づく適切な医療が受けられないこと、適当な医療施設の不足、疾患重症度によっては頻回の入院が必要なこと、患者の心理的問題、心臓病について周囲の適切な理解が得られないこと、社会保障福祉体系が整っていない——など、医療・患者・社会の各側面で複数挙げられる。

社会生活に影響を及ぼす心理社会的要因としては、情動の変動が大きい、認知機能発達の遅れ、手術による傷やからだが小さいといった身体的な印象、運動が不得手という劣等意識、親の過保護による精神的成熟の遅れ、友人関係をうまく築けないなどが挙げられ、外来診療での臨床心理士のサポートが必要となることがある。

移行期の課題

子どもから大人への移行期には患者一人で受診するようになるため、本人が病気をよく理解しておく必要がある。しかし、保護者と患者本人を対象に行った日本の多施設調査の結果、先天性心疾患や感染性心内膜炎については保護者の方が認識度が高いことが明らかになった。患者本人にこれらのことをいつ頃説明して注意を促すかということも非常に重要なポイントとなる。

患者移行についても課題がある。現在のところ、診療は循環器小児科医が長期的に担当することが少なくない。循環器小児科医は先天性心疾患の知識があり、保護者や患者本人にも慣れているという点では非常によいが、外来は小児科で、入院する場合は小児病棟となる()。患者本人が小児科に行くことへの不満を抱くようになった場合は循環器内科医が担当した方がよいが、循環器内科医は先天性心疾患を元々あまり診ていないため知識が少ないという点が不利になる。このような現状から、今後は成人先天性心疾患を専門とする医師が必要といえる。


表 患者移行、移行外来について

また、移行外来が不十分な場合、脱落する患者が多いことも問題となっており、海外の研究では、20歳前後になると経過観察を必要とする患者の約半数は脱落していたと報告されている。このような状況への対応として、小児科から内科への移行医療の確立や診療施設の確立が必要となる。千葉県の移行外来を例に挙げると、小児期にはこども病院で手術を行うことが多く、その後、成人になると成人先天性心疾患診療部がある千葉県循環器病センターに移行して経過観察している。このような体制を確立していくのと同時に、経過観察の必要性を報道し、症状が現れる前に医療専門施設を受診するように促すことも非常に重要といえる。

今、なぜ、成人先天性心疾患か

わが国で既に45万人存在する成人先天性心疾患は、新しい分野といえる。この疾患には多くの特徴や解決すべき問題点があり、早急に診療体制を整えなければならないが、社会的認知度が低く、報道も不十分な状況にある。また、これまで成人先天性心疾患という分野が循環器内科の専門分野の一つ、いわゆるサブスペシャリティーとして十分には捉えられていない。しかしながら最近、米国のAmerican Board of Internal Medicineでは、成人先天性心疾患を内科の一領域と認め、2〜3年後には成人先天性心疾患の専門医制度が確立されることになっている。最後に丹羽氏は、「成人先天性心疾患は成人の心臓血管疾患の大きな分野の一つであると考えてよい時代になってきている。いまや社会的にも大きな問題である」と強調し、現状の課題と今後の方向性についてまとめて講演を結んだ。

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