妊娠時は心臓への負荷が増すため、心臓病を持っているだけで妊娠・出産を断念せざるを得ない時代があった。しかしその後、心臓病の治療法や心臓疾患合併妊娠の支えとなる新生児医療が発達し、成人先天性心疾患女性の妊娠・出産は少なくない状況になっている。
池田氏は、心臓病における妊娠分娩のリスクやそれを支える医療の現状について、自身の診療経験も交えつつ講演した。
心臓病を持つ女性にとって、妊娠・出産はまさに命がけである。2012年9月までに症例検討を行った、わが国の妊産婦死亡70例における主要原疾患は、心血管疾患が11%で、産科危機的出血(30%)、心肺虚脱型羊水塞栓症(16%)、脳出血(12%)に次いで4番目に多かったことを症例検討評価委員会は報告している。妊産婦死亡に至った心血管系疾患は、解離性大動脈瘤破裂、周産期心筋症、QT延長症候群、致死性不整脈など多種多様にわたり、その中には先天性心疾患も含まれていた。
心臓疾患合併妊娠を年間約100例(世界第3位)扱う国立循環器病研究センターでは、1982年からの25年間に管理した心臓疾患合併妊娠1,387例のうち、先天性心疾患が37%と最も多かった。先天性心疾患女性は一般女性よりも結婚率が高い(41% vs 31%、25〜30歳)という報告があり、出産願望が強い傾向もみられる。池田氏は「重症例では、出生前のみならず、妊娠16週以降から妊娠中絶術の可能な妊娠22週までの毎週とまた、適宜妊娠分娩のリスクを評価し、妊婦の母親も含めてそれを十分に説明している」と、慎重な対応が必要となることを述べた。
妊娠が進むと末梢血管を拡張させることで血液量と心拍出量を40%程度増加させる。末梢血管が拡張すると、心臓弁膜症のうち、逆流症では逆流が減少するため基本的には妊娠継続可能であるが、狭窄症では圧の差が増大してしまい危険である。最も狭い部位は肺循環のため、肺高血圧症の妊娠分娩はハイリスクとなるが、肺動脈圧と心臓病の重症度からより詳細にリスクの程度を判断することができる。右心カテーテル検査で肺動脈平均圧40mmHg以上、心エコー検査で肺動脈収縮期圧50mmHg以上の症例では肺動脈圧の上昇がみられ早産が多かったこと、妊娠初期のNYHA心機能分類がⅠ度の症例では多くがⅠ度のままであったが、Ⅱ度の症例の多くは悪化したことを国立循環器病研究センターの桂木氏らが報告している(図1、2)。
拡張型心筋症やマルファン症候群も妊娠分娩のリスクが高い。拡張型心筋症で左室内径短縮率22%未満の症例の多くは予後不良であったこと、マルファン症候群で大動脈基部径絶対値40mm以上、絶対値/体表面積25mm/m²以上の症例の多くは破裂に至ったことを同氏らが報告している。
わが国の新生児医療は世界一である。生育限界は、昔は在胎28週であったが現在は22週となっており、生存率(赤ちゃんを連れて退院できる率)は先進諸国の中では1位で、22週では約3〜4割、26週では9割以上である。脳性麻痺などの後遺症は、22〜24週で産まれると約50%残るが、27週では10%程度に減る。28週になると重症未熟児網膜症も少なくなり、34週になると人工呼吸管理は少なくなる。このように、わが国は新生児医療が非常に発達しているため、心臓疾患合併妊娠における早産でも後遺症のない子を育てることが可能となっている。
一方、心臓病の女性では特にチアノーゼがある場合に月経・排卵障害が多いため不妊治療も重要となるが、心臓病があると治療を断る施設が多いのも現状である。今後は患者個々の妊娠分娩リスクを考慮したうえで不妊治療を行っていくことが大事なポイントといえる。
国立循環器病研究センターの神谷氏らは、正常心に対する妊娠・出産の影響を検討し、正常心でも妊娠・出産によって心エコー指標に変化がみられることを確認した。その結果から異常と判定すべき基準値を示し、妊娠分娩リスクの参考にしている。
また、同氏らによる研究では、ファロー四徴症で妊娠した37例のうち、33例は経過良好であったが、3例は妊娠中に心不全や不整脈をおこしたため内服薬の投与を開始し、1例はNYHAⅢ度となって妊娠を34週で中断した。くわえて、ファロー四徴症では1〜3回の各分娩後に右心系の拡大がみられる症例が少なくないことも報告している(図3)。今後は妊娠・出産が成人先天性心疾患に及ぼす影響を一つひとつ詳細に研究していく必要がある。
医師はエビデンスに基づいて妊娠・出産のリスクを患者に説明する。しかし、成人先天性心疾患女性の中には、子どもを持つことのほうが死よりも貴いと思う症例も存在するため、女性のライフプランの尊重という点も考えていかなければいけない。くわえて、それを支える医療としては不妊治療も大事であり、出産は20代がよいことを思春期からしっかりと教育することも重要となる。
最後に池田氏は、「私は常に心臓病の方に“産んで、30年生きてください。産むだけではなく、産んだ赤ちゃんのことを考えてください”と言っている」と今後目指すべき方向を日常診療における患者さんへの言葉で表し、講演を結んだ。