「急性冠症候群への循環器救急医療の成果と課題」横浜市立大学附属市民総合医療センター 循環器内科 教授 木村 一雄 氏

 悪性新生物に次いで、日本人の死因第2位となっている心疾患。心疾患による死亡のトップを占める冠動脈疾患の中でも急性冠症候群は、不安定狭心症から急性心筋梗塞、および突然死に至るまでの疾患スペクトラムとして捉えられている。このなかでもとくに救急医療が必要とされる急性心筋梗塞はできる限り早期の再灌流治療が重要で、そのための救急医療システムの確立が鍵となる。
 木村氏は、急性心筋梗塞に対する再灌流治療の効果と予後、発症早期の治療の重要性を解説し、質の高い救急医療システムを維持するための課題を指摘した。

急性冠症候群のうち急性心筋梗塞には救急医療が重要

 心臓の重量は、成人で250~350グラム。体重の0.5%程度の大きさであるが、絶えず収縮・拡張を繰り返し、年間3,000トンもの血液を全身に送り出すタフな臓器である。心臓に栄養分や酸素を供給する冠動脈は動脈硬化を起こしやすいことが知られている。冠動脈にできた粥腫(プラーク)の突然の破綻により血栓が形成され、血流が阻害されて生じるのが急性冠症候群である。急性冠症候群はプラーク破綻から血栓形成による虚血の程度や心筋壊死の有無の違いにより、不安定狭心症、急性心筋梗塞に分類されるが、いずれも予後は不良である。
 このうち、プラークが破綻し冠動脈内腔が血栓で閉塞されて血流が途絶するために心筋の壊死をもたらす急性心筋梗塞は、(1)心室細動といった致死的不整脈、(2)心不全・心原性ショック、の2つが主な原因となり死に至る。

急性心筋梗塞の治療の要点は早期の再灌流療法

 急性心筋梗塞の発症早期における治療の要点は、(1)致死的不整脈による心停止からの回避・蘇生、(2)入院中や退院後の予後に関与する心機能の保持・回復、である。そのため、急性心筋梗塞に対しては、とくに救急医療が必要とされ、血栓で詰まった血流をできるだけ早期に再開通させる治療が重要となる。この治療法を再灌流療法といい、(1)太ももや腕の動脈から管を入れ、血栓で詰まったところを広げるカテーテルインターベンション、(2)薬物を用いて血栓を溶かす血栓溶解療法、がある。
 再灌流療法の基本はカテーテルインターベンションであるが、来院してからカテーテルインターベンションの施行まで時間(door to balloon time)が長い場合などでは血栓溶解療法も有効とされている。再灌流療法は、発症早期に行うと死亡率の減少度が高いが、その有効性は時間とともに急速に減弱することから、2004年のACC/AHAのガイドラインでは急性心筋梗塞に対する90分以内のdoor to balloon timeが推奨されている。

日本の循環器救急医療の現状

図1

図1 Door to balloon time

 横浜市立大学附属市民総合医療センターでは、日本における急性心筋梗塞に対する救急医療の現状を把握するため、発症後12時間以内の急性心筋梗塞患者385例を対象に横浜市立大学関連の三次救急病院と市中病院を調査した。
 その結果、door to balloon timeが90分以内の症例は、三次救急病院では96%であったが、市中病院では38%にとどまった(p<0.01)。米国においても90分以内のdoor to balloon timeを満たす施設は40%にも満たないとされているが、日本でも同等の状況であることが示された。
 また、日中と夜間のdoor to balloon timeを比較すると、三次救急病院では夜間と日中でほとんど差がないが、市中病院では日中が91分であるに対し、夜間は121分と有意に長いことが明らかとなった(p=0.01)(図1)

循環器救急医療を担う医師の置かれる苛酷な現状

 では、循環器救急医療を担当する医師らはどのような勤務状況に置かれているのであろうか。この点を明らかにするため、393施設の協力を得て今年実施した日本循環器学会のアンケート調査結果を紹介する。
 全体の9割以上の施設で常時緊急カテーテル治療ができる体制をとっているが、市中病院の6割以上で循環器内科の常勤医は5名以下であった。常勤医の7割以上が週に1回以上の当直を担当し、その半数以上が3時間以内の仮眠と実質的に夜勤状態で、当直翌日は9割近くが通常勤務をするという状況である。また、7割以上の常勤医が週1回以上のオンコールをしており、96%が翌日は通常勤務をしているという厳しい勤務状態にある(図2)。しかも、夜間緊急カテーテルチームの年齢をみると、40~50歳代と決して若くない医師らが多数参加していることが明らかとなった。

図1

図2 常勤医のオンコール体制

より質の高い救急医療体制のために

 再灌流療法は、発症早期に行われることが重要であるため、患者、救急隊員、搬送先病院の連携が欠かせない。患者からの速やかな119番通報とともに、地域や病院に応じた救急医療システムの見直し・再構築が必要である。
 循環器救急医療は、よりよい医療を提供しようという医療従事者の情熱に負うところが大きいが、その中心的役割を果たす循環器医は非常に苛酷な勤務状況にある。木村氏は、「質の高い救急医療体制の維持のためにも、交代制勤務や集約化、増員といった十分な対応が必要である」と強調して講演を結んだ。

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