肺高血圧症は、近年の治療薬の登場を受け、疾患の概念が大きく変わりつつある。松原氏は、近年、顕著な進歩を遂げてきた肺高血圧症の治療について概説した。
肺高血圧症、とくに特発性および遺伝性の肺動脈性肺高血圧症(PAH)は、かつては患者の約半数が3年以内に右心不全で死亡する予後不良な疾患であった。治療薬では、抗凝固薬が予後をわずかに改善することが知られていたほか、ごく一部の患者では高血圧治療薬のCa拮抗薬が有効であったが、それ以外の有効な治療は肺移植しかないと考えられていた。しかし、1999年にわが国で最初のPAH専用治療薬が登場して以降、この状況は大きく変わり、これまでに多くの薬剤が使用可能となっている。現在、主に使用されている治療薬には次の3系統の薬剤がある。
これらの治療薬は、作用点は異なるがいずれも血管拡張薬であり、薬物治療の目覚ましい進歩に貢献している。
しかし、残念ながら未だにPAHの完治は不可能であるため、現時点では患者をできる限り良い状態に保ちつつ予後を延長することを目標にした治療が行われている。
PAHの治療では、治療前の時点での6分間歩行距離が患者の予後因子として知られていたため、従来はこの指標の改善を目指して治療が行われてきた。しかし、肺高血圧症とは元来、肺血管抵抗が高くなり肺動脈圧が高くなる疾患であることから、長期生存を目指すには6分間歩行距離の改善ではなく、できる限り早期から肺血管抵抗および肺動脈圧を低下させて血行動態を正常に近づけるべきと考えられる。近年の研究では治療による6分間歩行距離の改善と生命予後は関連がないことも示されている。
岡山医療センターのデータでは、治療前の患者の平均肺動脈圧は60mmHg強で、治療により45mmHg未満に低下した患者では10年生存率は100%であった。対して、45mmHgに到達できなかった患者の10年生存率は49%であり、肺動脈圧を低下させると予後が著明に改善する(図)。
ただし、単剤では効果が不十分な場合が多く(表)、岡山医療センターではこのような場合、作用機序の異なる薬剤を2種類もしくは3種類併用して積極的な治療を行う。
エポプロステノールはPAH治療薬として最初に登場した有用な薬剤であるが、中心静脈カテーテル留置(胸のあたりの静脈から中心静脈にかけてカテーテルを留置)による持続点滴であるため、かなりの負担を患者に強いることになる。重症例では最初からエポプロステノールを使用する必要があるが、中等症以下の患者には内服薬での治療から開始する。
これらの治療により、岡山医療センターでは2008~2012年の統計で、PAH患者の5年生存率は85%と非常に良好な治療成績を達成している。このように、近年の治療薬の進歩によってPAH患者の長期生存が可能となりつつある。
肺高血圧症には、肺動脈に器質化した血栓が形成されて狭窄・閉塞を起こすことが原因となるものがあり、これを慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)という。CTEPHでの器質化した血栓は、肺動脈壁に固く付着しており血栓溶解療法は一般的に無効である。このため、肺動脈血栓内膜摘除術と呼ばれる、肺動脈壁の器質化した血栓を肺動脈内膜とともに摘除する手術が適用され、この手術により根治も期待できる。
しかし、非常に細い血管で狭窄・閉塞が起こる末梢型CTEPHでは、肺動脈血栓内膜摘除術は行えず、血管拡張薬での内科的治療も期待されるような予後改善が得られていないことから、その一部は肺移植の適用であると考えられていた。
これに対し、狭窄病変を全て取り除かなくても、わずかでも血管を拡張すれば肺動脈圧の低下が期待できるという発想のもと、開発されたのがバルーン肺動脈形成術(BPA)である。この方法では、ガイドカテーテルを狭窄部位まで進め、狭窄部位にワイヤーを通過させバルーンカテーテルで狭窄部位を拡げる。岡山医療センターでは、BPAをこれまで100例以上の患者に施行しており、BPAの有効性が示されている。
BPAは肺動脈血栓内膜摘除術が非適応のCTEPH患者に対して有望な治療であるが、まだ広くは普及しておらず、現状ではどの医療施設でも同様の効果・安全性があるとはいえない。現在、日本循環器学会のワーキンググループでは、BPAの適応や手技の確立を目指したガイドラインおよび実施施設の施設基準案などを策定中である。
松原氏は、このような肺高血圧症治療の進展を受け、「現在では移植の必要のある患者はほとんどいないと感じている」と述べた。
最後に松原氏は、肺高血圧症患者の長期生存を目指すには、「肺動脈圧などの血行動態を正常に近づける努力が必要で、そのためには早期から積極的な治療介入が必要である」と強調し、さらに「現在の治療薬により、完治はできずともほとんどの患者で血行動態が改善できるようになりつつあり、長期生存が期待できる状況である」と述べ、講演を締めくくった。