開会挨拶

 2000年に米国心臓協会(AHA)が『心肺蘇生と救急心血管治療のための国際ガイドライン』を発表して以来、日本でも心肺蘇生をめぐる研究が活発化している。2007年、英国の医学雑誌Lancetに、人工呼吸を行わずに胸骨圧迫心臓マッサージのみを実施することが心肺蘇生にはより有効であることを発表した長尾建氏は、救命救急医の観点から日本の心肺蘇生の実態を解説した。講演は心肺蘇生分野の最新の知見を交えながら進められ、長尾氏が現在研究している脳低温療法も紹介された。

除細動までの心停止時間が生死を分ける

 長尾氏らがLancetに発表した前向き多施設観察研究SOS-KANTO(関東地方院外心停止患者を対象とした多施設共同研究)によると、外傷性心停止なども含めた全院外心停止患者9,592例のうち、心臓性の心停止が約60%にのぼり、なかでも急性冠症候群がその半分以上を占めている。また、心停止発生場所は、自宅が全体の約60%を占め、残りの約40%が自宅以外であった。
 日本の心停止患者全体の生存退院率は約2%に過ぎないと言われているが、目撃者がいる場合、心臓性心停止患者の生存退院率は比較的高い。自動体外式除細動器(AED)が適用できる患者に限定すると、生存退院率は16%にまで向上するという。
 しかし、日本の心臓性院外心停止患者の生存退院率は、先進国のなかではまだ低い水準にある。目撃者がいる心臓性院外心停止かつAED適用患者の生存退院率を国際的に比較すると、日本の報告では16%にとどまるが、アメリカやドイツ、フィンランドでは30%を超えるという報告もみられる。日本でも救急医療体制を改善することで、この割合を約30%まで向上できると考えられる。
 その向上のためには、AHAの『心肺蘇生と救急心血管治療のための国際ガイドライン』にも明記されている「救命の連鎖」(Chain of Survival)が欠かせない。「救命の連鎖」は、迅速な119番通報、迅速な一次救命処置(BLS:胸骨圧迫心臓マッサージなど)、迅速な除細動(AEDなど)、迅速な二次救命処置の4つから構成されている。一方で、心停止から除細動までの時間が長いほど生存率が低下していくことが明らかになっている。心臓性心停止患者にとっては、心停止時に運よく周囲に目撃者がいたとしても、AEDで除細動が行われるまでに迅速な119番通報と一次救命処置が施されなければ、蘇生できる可能性が低くなると言える。

心肺蘇生時に人工呼吸は必要なし

 長尾氏らが実施したSOS-KANTOでは、有効なBLSの方法を検討している。同研究は、目撃者がいた院外心停止患者4,068人を対象に、全く心肺蘇生術が行われなかった患者(2,917人、72%)、人工呼吸が行われずに心臓マッサージ(胸骨圧迫)のみ実施された患者(439人、11%)、人工呼吸と胸骨圧迫を交互に行う通常の心肺蘇生術を受けた患者(712人、18%)の3つの患者群に分け、心停止30日後の神経学的予後を主要エンドポイントとして比較している。
 心肺蘇生を受けた患者群は、心肺蘇生を受けなかった患者群より有意に神経学的予後が良好であった。また、胸骨圧迫のみの患者群と人工呼吸・胸骨圧迫併用患者群とを比較すると、神経学的予後が良好だった患者の割合は、それぞれ6.2%と4.2%という結果になり、胸骨圧迫のみの心肺蘇生法のほうが人工呼吸を同時に行うよりも好ましい処置であることが示唆された。特に、救急隊が患者接触時、心呼吸停止(無呼吸)の患者、心室細動/無脈性心室頻拍であった患者および心停止4分以内に蘇生法が開始された患者では、胸骨圧迫のみの患者群が人工呼吸併用患者群より30日神経学的予後が良好だった割合が有意に高かった ()。
 こうした胸骨圧迫のみのシンプルな一次救命処置の意義が一般市民に浸透し、AEDの実施率が上昇すれば、救命率も高まると考えられる。
図2
図.目撃された院外停止成人患者の30日後の転帰 胸骨圧迫のみと胸骨圧迫+人工呼吸併用の比較

脳低温療法で蘇生後の神経学的予後が改善

 「救命の連鎖」の最後の鎖である二次救命処置(ACLS)は、除細動による蘇生後間もない患者を回復に導くことを目的としており、主に気管挿管や薬物治療が行われるが、この標準ACLSが神経学的転帰に与える効果は明らかでない。
 一方で、ACLSでは脳低温療法の有効性が指摘されている。脳低温療法とは、蘇生直後の患者の脳へ流れ込む血液の温度を32〜34℃に冷却し、脳神経細胞を保護して後遺症や脳死を防ぐ治療法である。すでに海外からは院外心停止患者を対象に脳低温療法と正常体温下の治療を比較した無作為臨床試験の結果が複数報告されており、脳低温療法を行った患者のほうが良好な神経学的予後を示すことが確認されている。長尾氏はこれを蘇生直後の患者だけでなく蘇生前の患者にも行い、その有効性を検討しているという。
 長尾氏は最後に、「救急隊員だけでなく、一般市民が一次救命処置とAEDを正しく理解し、これを実践できるようになれば、心臓性心停止患者の救命率は飛躍的に向上する」と述べ、会場の出席者に正確な報道で一般市民を啓蒙することの重要性を訴えた。