野々木 宏氏

 急性心筋梗塞患者のうち、過半数が院外心停止であるという実態は日米で共通しているが、心肺蘇生法の実施率や救命率は日本はまだ欧米におよばない。日本で世界標準の心肺蘇生法の普及に尽力してきた野々木宏氏は、このような現状を改善するために、医学会や関係団体が協力して、世界標準にのっとった院外心停止の症例登録の推進や指導医師のトレーニングが精力的に行われていることを紹介した。

日米両国とも急性心筋梗塞死の過半数は院外死

 米国の死因の1位は心筋梗塞だが、その内訳をみると過半数の52%が病院の外で発作を起こして死亡する院外死である。米国での院外死者数は年間25万人にのぼると報告されており、院外心停止患者をいかに救命するかが国家的な課題となっている。
 一方、日本では心筋梗塞の年間発症数などのデータがないため、23地域・689施設で登録された1カ月間の発症数が紹介された。それによると、日本でも急性心筋梗塞患者の52%が院外死である実態が明らかになった。野々木氏は「来院した患者だけでなく、院外で心停止に陥った患者にどう対処するかが重要」と述べ、院外心停止の実態の把握とその救命対策が課題と指摘した。
 院外心停止の実態を把握するための取り組みはすでに始まっている。大阪府では1998年から、院外心停止の症例登録についての世界標準であるウツタイン様式に基づいた症例登録が開始されている。また、2005年からは総務省のリードで日本全国で症例登録が始まっている。これは世界でも例をみない大規模な試みで、この登録を基に日本発のエビデンスを世界に発信することが期待されている。

心停止患者への対処:胸骨圧迫心臓マッサージが救命の鍵

 院外心停止といっても、その原因は急性心筋梗塞などの心臓性のものから、外傷性、呼吸器性などさまざまである。この中で、自動体外式除細動器(AED)による救命の可能性が高いのが心室細動である。心室細動は心筋梗塞発作の後によく起こる致死性の不整脈で、心室が小刻みに震えて数分以内に心停止に至る。しかし、心停止直後にAEDによる除細動を実施することで救命率が格段に上昇することがわかっている。AEDの普及や法律改正で救急救命士も包括指示により電気ショックを実施できるようになったおかげで、院外で心室細動を起こした患者に対する心肺蘇生法の実施率は、大阪府では1998年の19%から2005年には36%へとほぼ倍増し、1年生存率も7%から27%に上昇した()。

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図. 院外で心室細動を起こした患者の予後の推移(大阪府のデータ)

 しかし、さらに救命率を上げるために重要なのが、AEDの実施まで胸骨圧迫心臓マッサージを継続し心室細動の状態を維持することだと野々木氏は指摘する。つまり、救急隊が到着してAEDを実施するまでの間に、胸骨圧迫心臓マッサージで心筋への血流を保つことによって心室細動の状態を維持でき、AEDによる救命のチャンスを残すことができるという。日本での心停止の内訳をみると、心室細動による心停止は約2割しかないが、米国では約6割に上る。これは心停止患者を発見した市民がAED実施まで心肺蘇生法を実施することによって心室細動の状態を維持していることが大きいと考えられるという。野々木氏は「米国並みに救命率を上げるには、胸骨圧迫心臓マッサージを行うことが非常に重要」と強調した。

世界標準の心肺蘇生法のさらなる普及を目指して

 1992年に、欧米諸国を中心とした「国際蘇生連絡協議会(ILCOR)」が設立され、2000年に科学的エビデンスに基づいた国際コンセンサスが発表された。2005年には、このコンセンサスに基づいて米国心臓協会(AHA)や欧州蘇生会議(ERC)がガイドラインを策定しており、日本でもそれに準じた指針が発表された。ILCORの国際コンセンサスは、5年ごとに改訂されることになっており、現在2010年の改訂にむけた作業が進められている。この改訂に日本のエビデンスを反映できるよう、現在、日本循環器学会をはじめとする関係団体によって世界標準の心肺蘇生法の普及が進められている。
 AHAの心肺蘇生トレーニングは、国際的にも評価が高く世界標準と考えられており、日本でも野々木氏を含めた医師数人が指導者となるべく米国でAHAのトレーニングを受講した。日本循環器学会はAHAと契約を結んで、今後は日本でこのコースを受けられる環境整備を進めており、2008年からは循環器専門医の受験資格の一つにこのトレーニングコースの受講が定められた。野々木氏は、「世界標準の心肺蘇生法をさらに普及させて、院外心停止患者の1年生存率、社会復帰率を向上させたい」と期待を述べた。