急性心筋梗塞最新の治療 日本医科大学 内科学第一講座 主任教授 水野 杏一 氏

 急性心筋梗塞の治療は、病態の理解が進むにつれ、詰まった冠動脈の血流を再開させる再灌流療法が中心的な役割を担いつつある。その再灌流療法も、血栓溶解療法から、風船で血管を拡げるバルーンカテーテル、金属製のパイプで血管を拡げるステント、さらには再狭窄を抑える薬剤を塗布した薬剤溶出性ステント(DES)による冠動脈インターベンション(PCI)へと大きく進化を遂げた。PCIの権威である水野氏は、急性心筋梗塞の病態の理解から再灌流療法を中心とする治療の進歩について解説した。

急性冠症候群(ACS)の病態からみた急性心筋梗塞の治療

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図1 急性心筋梗塞治療の変遷

 近年、急性心筋梗塞はプラーク(粥腫〔じゅくしゅ〕)の形成を中心的とする「急性冠症候群(ACS)」の枠組みで捉えられている。プラークとは、酸化したコレステロールなどが沈着してできた血管内の隆起で、なかでも「不安定な」プラークが破裂することにより、血栓が形成され、冠動脈の内腔が塞がれて不安定狭心症、急性心筋梗塞が発症する。こうした病態の理解に伴い、急性心筋梗塞の治療も大きく変遷を遂げてきている。
 急性心筋梗塞の治療(図1)としては、薬物療法、再灌流療法、再生医療などが挙げられるが、主流は再灌流療法であり、血栓溶解療法をはじめ、バルーンカテーテル、ステント、薬剤溶出性ステント(DES)などを用いた冠動脈インターベンション(PCI)や、近年では血栓吸引法なども用いられている。

再灌流療法の根拠

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図2 急性心筋梗塞への再灌流治療

 再灌流療法は、血栓によって血流が途絶えたために生じる心筋の壊死を、なるべく小範囲にとどめることが目的であり、「来院から再灌流までに要する時間」が鍵となる。再灌流療法(図2)では、従来は主に血栓溶解療法が行われていたが、再閉塞、再梗塞が問題となり、近年はバルーンカテーテルやステントを用いたPCIによる治療が主流となっている。こうした治療の変遷に伴い、急性心筋梗塞における病院内での死亡率は、1982年の20%から2006年の5.6%へと大きく低下した。

心筋梗塞の発症から再灌流までの時間と治療効果

 心筋梗塞の発症から再灌流までの時間によって、治療効果は大きく異なる。近年の報告では、150分の再灌流と90分以内の再灌流を比べた場合、院内で死亡するリスクは150分の再灌流の方が、1.7倍も高くなるという。したがって、再灌流は搬送の時間を含め、「120分以内」に行うのが理想である。
 再灌流療法は有効な治療であるが、不安定プラークからの微小血栓などにより微小梗塞が生じることも報告されている。こうした微小血栓の除去を目的として、近年、日本では血栓吸引法が多く用いられており、急性心筋梗塞における総死亡、再梗塞が低下することが示されている。

薬剤溶出性ステント(DES)の有効性と限界

 PCIではステントが多く用いられるようになったが、血管内に留置したステント周囲に新しい内膜が形成される「内膜肥厚」がウイークポイントとなっていた。しかし、細胞の増殖を防ぐ薬剤が塗布されたDESを用いることにより、血管内腔の再狭窄は少なくなり、急性心筋梗塞における死亡率も低減することが示されている。
 一方、急性心筋梗塞では、不安定プラークが多く認められるため、ステント挿入箇所に血栓が生じやすいことが知られている。DESも内膜肥厚は防ぐものの、ステントの露出により1、2年でステント挿入箇所に血栓が生じやすく、心筋梗塞の発症を助長することが指摘されている(遅発性ステント血栓症)。したがって、急性心筋梗塞の再灌流療法にDESを用いるべきかどうかについては、いまだコンセンサスが得られていない。

薬物療法における最近の動向

 高脂血症の治療薬として用いられるスタチン系の薬剤は、近年、コレステロール低下作用のほかに、血栓形成改善作用、抗酸化作用、血管内皮細胞機能障害の改善作用、抗炎症作用、プラークの安定作用などが報告されている。再灌流療法を行う前にスタチン系薬剤を投与することで、心筋壊死が軽減されるのみならず、心筋梗塞や脳卒中などの心血管系イベントが抑制されるため、予後を改善することが示されている。わが国でも、急性心筋梗塞発症96時間以内のスタチン系薬剤の投与は、スタチン系薬剤を使わない場合に比べ、心血管系イベントが大きく低下することが報告されている。

再生医療への期待

 再生医療では、これまでに骨髄の役割(幹細胞の貯蔵庫)、血管新生・修復のメカニズム(血管内皮前駆細胞の血管修復への寄与)、心筋(終末器官としての再生能力)をめぐってパラダイムシフトが起こっている。水野氏は、「再生医療においては、心機能改善を目的として、虚血性心筋梗塞、難治性狭心症、急性心筋梗塞などへの骨髄細胞治療の臨床応用が行われつつあり、今後の展開が期待される」と講演を結んだ。