わが国の心筋梗塞と治療の現状 大阪府立成人病センター 総長 堀  正二 氏

 心筋梗塞は、糖尿病や高血圧などの生活習慣病を伴い、「男性」と「喫煙者」に多いことが特徴である。治療については、血栓で詰まった冠動脈の血流を再開させ、心筋の壊死の広がりを抑える再灌流治療が中心であり、その手段としては、薬剤による血栓溶解療法よりも、血管の内側をバルーンカテーテルやステントによって拡張して血流を回復する冠動脈インターベンション(PCI)が選択されることが多い。早期治療の普及により、患者の予後も改善されつつある。堀氏は、心筋梗塞患者の予後を追跡している登録研究OACISのデータから、日本における心筋梗塞の特徴と、治療の現状について解説した。

わが国における心筋梗塞の特徴

 大阪の25施設が参加し、心筋梗塞患者の予後を追跡している登録研究OACIS(大阪急性冠症候群研究会)のデータからは、心筋梗塞を最も起こしやすい年齢は、男性で平均63歳、女性で平均72歳であることが示されている。これは「心筋梗塞の原因である動脈硬化は、男性では若いうちから始まり、女性では閉経後加速する」という事実を裏付けるものである。
 また、OACIS登録患者の34%が糖尿病、50%が高血圧、40%が脂質異常症(高脂血症)、30%が肥満と、高い割合で生活習慣病を合併しているほか、喫煙者も多いことから、心筋梗塞は複数の危険因子をもっている患者が多いことがわかる。
 なお、心筋梗塞が起こりやすい時間帯には朝と夜の2つのピークがあり、午前中のピーク(午前8時から10時)は世界的にみられる共通のパターンだが、夜間のピーク(20時から24時)は喫煙や遅い就業時間といった、男性の生活習慣を反映していると考えられる。

心筋梗塞における治療法の変遷と死亡率

 心筋梗塞の治療は、1960年代に主として不整脈の監視を目的としたCCU(冠疾患集中治療室)が確立されたことに始まり、1980年代の血栓溶解薬の導入、血栓の形成を抑える抗血小板薬アスピリンの使用、血圧や脈拍を抑えて心臓の負担を軽減するβ遮断薬の使用、心不全への進展を抑える高血圧治療薬ACE(アンジオテンシン変換酵素)阻害薬の使用を経て、1990年代以降のバルーンやステントを用いて詰まった血管を拡げて血流を回復する冠動脈インターベンション(PCI)へと発展し続けている。
 また、薬物療法ではアスピリン投与が広く普及し、ACE阻害薬やアンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)、β遮断薬、高脂血症治療薬であるスタチン系薬剤が多く用いられるようになった一方、血管を拡張して血流を増やすカルシウム拮抗薬や硝酸薬の使用が少なくなっており、科学的根拠に基づく専門学会の診療指針をほぼ反映した内容となっている。
 こうした治療の変遷に伴い、心筋梗塞患者の予後は改善傾向にあり、心筋梗塞による死亡率も低下しつつある。

急性心筋梗塞における再灌流治療の変遷と予後

図1

図1 急性心筋梗塞における再灌流治療の変遷

 PCIを中心とする再灌流治療の変遷(図1)をみると、発症12時間以内に入院したST上昇型(心筋障害の強さを示す心電図の特徴)心筋梗塞では、全体的な再灌流治療の件数は変わらないものの、血栓溶解薬を用いないPCI(Primary PCI)が徐々に多くなり、PCIでのステントの使用が急激に増加しているほか、最近はPCI後の血管内の微小な血栓を除去する血栓吸引療法も頻繁に用いられるようになっている。なお、PCIが用いられることの多いわが国では、諸外国に比べて血栓溶解薬はあまり使われず、血管の詰まった部分を迂回(バイパス)して新しい血の通り道を作る外科的な冠動脈バイパス手術もあまり行われていないことが特徴として挙げられる。
 なお、発症12時間以内のST上昇型心筋梗塞では、これらの治療法の変遷に伴って予後も年々改善しているが、軽症例では治療の変遷による改善がみられないことから、入院中の治療が重要であることがわかる。

急性心筋梗塞における登録研究の比較

 急性心筋梗塞の登録研究(表1)を比較してみると、患者の違いはあるものの、入院日数は日本が「21日」と最も長い反面、院内死亡率では最も低い「8.1%」となっている。堀氏は、「このデータから、日本の救命率の高さがうかがわれる」と述べ、その理由として、再灌流治療の施行率が米国では約30%、世界的な平均と思われるGRACE研究で30%〜40%であるのに対し、日本では約90%と非常に高いことを挙げた。なお、薬物療法をみると、日本におけるβ遮断薬の使用は40%、ACE阻害薬の使用は50%程度、スタチン系薬剤の使用が33%と、他の登録研究での現状と同等であり、治療効果は再灌流治療によるところが大きいと考えられる。

表1

表1 急性心筋梗塞 登録研究の比較

心筋梗塞における予後規定因子

 心筋梗塞に糖尿病が伴うと、再び心筋梗塞を起こしたり、心不全となるリスクが高まるほか、梗塞後の喫煙も予後に影響を与えることが示されている。また、心筋の傷害などによる炎症を示す指標であるCRP(C反応性タンパク)や、LTA(リンフォトキシンα)のGアレルを有する遺伝子多型(遺伝子を構成するDNA配列の個人差)も、心筋梗塞の予後に関わるといわれている。最後に堀氏は、「CRPやLTAの遺伝子多型は、心筋梗塞の発症と予後規定因子となり得る」と述べ、講演を結んだ。